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『120歩の会話』
専務理事、教育・技術委員長
木田 恒夫

 バスと電車を使って通勤を始めてから、早いもので10年が経った。
 標題の「120歩」は、通勤途中でバスから電車に乗り換える際に、時々お会いする道立高等盲学校のS先生と一緒に歩く歩数のことで、バスを降りた直後に歩道で交わす朝の挨拶に始まって、「気をつけて…」と西と東の電停に向かって別れるまでの約120歩の中での短い会話に、貴重な教えを頂戴している。
 S先生との出会いは、数年前の冬のバス停であった。ラッシュ時のバスは、停留所でも連なって込み合い、停車場所がいつもの位置でなくて、ずれてしまい、乗客は降車はするが車道と歩道の境の雪の壁が高いため歩道に上るのに大変な苦労が必要で、その日、私より先に降車して難渋していた先生に声をかけ、一緒に歩道に這い上がり交差点まで同行したのがきっかけであった。
 以来、バス停で会うたびに、先生から教わった誘導方法で、息の合った120歩の同行を続けている。この誘導を続けるうちに、バス停留所付近の歩道が車道の渋滞緩和のため、「えぐられ」て極端に細くなっていることが、車優先、健常者優先の傾向を強くしているように見えて、気になって仕方が無い。
 歩道を歩く健常者にとってもこの歩道の「えぐられ」方は不都合であるが、目の不自由な人達には、その何十倍もの「安全性」の不安があることを知らされて愕然とした。加えて、バスの「停留所標識」の形や設置場所の、不統一でバラバラな姿勢にも、健常者側の我が儘と惰性と無策が如実に現れていて、何か「なさけない」気持ちになるのである。標識の形や設置場所の改善が設置者の責任で臨機に実践されることを切望している。
 或る朝、先生がいつもの静かな口調で、「今日のバスは新車でしたか?」と言う。「新車ではありません。どうしましたか?」に対し、「車体外部の乗車案内スピーカーの位置が変わっていて、今日は困りました。あんなに前方にあるのは初めてです。スピーカーの左側に乗車口があるのが今までの常識でしたが、今日はスピーカーの右側が入口でした。大いに戸惑いました。」この会話の要点をバス会社に電話して、白杖を使う目の不自由な人の乗車案内は、テープ案内に運転手の肉声による「乗車口は、この声の右側(あるいは左側)です」をプラスした方が良いのではないかと提言したが、未だその実践が見られないのが残念である。その後、スピーカーの位置に関心を持っていろいろなバスを見ているが、メーカーや製造年式によっては位置が異なっており、統一された考え方は無さそうで、ここにも福祉面の配慮の欠如が見えて残念でならない。
 S先生のお名前は、私が通う治療院で一所懸命に頑張っている先生の教え子さんから聞いて承知することになったが、先生は私の声しか知らない淡泊な間柄で、丁度今は学校が休みに入り、当分の間「120歩の会話」も休み中である。