21世紀を生き抜く3つの経営イズム
 全日本印刷工業組合連合会 会 長 中村 守利 氏
 平成13年度第1回全道委員長会議、平成13年度上期全印工連北海道地区印刷協議会が、7月3日午後1時から札幌市中央区の札幌パークホテルで開催され、全日本印刷工業組合連合会の中村守利会長による講演が行われました。
 講演要旨をご紹介します。

(文責:編集部)

最近の経済情勢と経済構造改革
中村全印工連会長
 最近の経済状況は、私から言うまでもなく皆さんがご高承のとおり、ますます厳しくなって来ている。政府が発表した6月の月例経済報告を見ても、やや景気が悪化しつつあるということで、悪化という言葉が始めて使われた。これまでは回復基調にあるということで回復の方に希望をもっていたが、回復という文字はすっかり消えてしまった。そのようなことで5ヵ月連続して下方修正に至っている。
 小泉内閣がスタートして未だ政策が打ち出されていない時に、既にこういう業績ですから、これから小泉内閣が提唱している経済構造改革ということが本格的に入って来るとどうなるかと思うと先行きが不安であり、今までどおりには行かなくなる。公共事業が多い北海道のみならず日本全国でこの試練を受けなければならないと思う。これまでのバブルが弾けて以来の経済を見ると、低迷しているのは個人消費である。この個人消費がGDPの60%を占めているので、個人消費が回復して来なければ景気回復にはならないが、個人消費は極めて低調である。これは心理不況ということも入っている。個人資産は1400兆円と言われるように相当持っているが表に出て来ない。心理不況的な要素がデフレスパイラルで回って来ているのでなかなか容易ではない。そこで、機構改革、経済改革ということの抜本策を打ち出して思いきって変えていこういうことは決して悪いことではないと思っている。しかし、その経済改革を行う2〜3年の間は熾烈を極めるくらい厳しいものになるのではないかと思っている。
 併せて、米国経済がどうなるかということである。米国経済は、今年の3〜6月期は0%〜0.2%の成長ではないかと予測されているように、これまで5〜6%の成長であったものが限りなく0%に近づいている。通年でも1%か、せいぜい行っても1.2%位の成長で止まると予測されている。日本は米国経済の影響を極端に受けるのでそういうことも含めてこれからの経済はますます厳しくなって来ると思っている。

痛みを伴う日本経済再生
 そういう中で、小泉内閣が骨太の日本経済再生シナリオを打ち出した。骨太であるのでその中の具体策は出ていなく、大きな方針が示されている。これによると、先ず、2〜3年で一番の懸案事項であった不良債権の最終処理を行うということである。そのほか郵政3事業の民営化とか道路予算の有効活用とかいろいろなことが打ち出されて来ている。
 この中で、我々が一番考えておかなければならないことは不良債権の抜本処理である。これを行うと、我々中小企業ではなく、大手は影響をダイレクトに受けるので倒産をする。これは従来の保護政策で守られてきたものに思いきってメスが入るという大手術である。医者の薬を飲んで順々に治して行こうというソフトランディング的なことではない。薬は断ち切って、一挙にメスを入れて悪いところを切り取ってしまうということである。外科手術をすると良いことは切り取ってしまうので後は治りが早い。内科的な病気は延々と続いて行く。したがって、小泉内閣が提唱していることは、痛みは国民全体にある程度感じてもらわなければならないということである。また、竹中経済担当大臣は、これを実行しなければ5〜6年先の日本経済はどこまで悪くなって行くか分からないと言っている。そのようなことで、ここ3年間位は、企業は大手術の痛みを経験して行かなければならないと痛感している。
 そこで、一番心配しているのが、竹中経済担当大臣も言っている雇用の問題である。政府は失業者が20〜30万人出ると言っているが、民間の査定では100万人を超すと言っており、かなりの見解のギャップがある。いずれにしろこれだけの失業者が出ると心理不況から購買不況が起こり、また経済が停滞してしまうことになる。そこでここにセーフティーネットを掛けようというのが政府の考え方であるが、雇用の問題をどのように支え征服していくかが一番頭の痛い問題である。そこをしっかり実行しなければこれは乗り切って行けないと思っている。 

変わって行く金融機関の対応

 では、我々企業においてはどのような影響があるかというと、先ずファイナンスである。ファイナンスということは借入資金の問題である。これからはこれが深刻な問題になって来るので注意をして行かなければならない。銀行そのものが抜本的不良債権処理を強いられるので、不良債権を抱えている大企業は手術的に断ち切られるので倒産の憂き目に合うことになる。そうなると銀行に返ってくる筈の資金が返って来なくなるので、貸すにも貸すことが出来なくなる。しかも今度は貸し出すにしても同じ轍を踏みたくはないので非常に慎重になる。銀行としても再不良債権は避けなければならないので神経質になるほど要注意して来るので、貸出しに対する要求度が非常に高くなってくる。従来は、担保と見返りに融資が実行されたが、今は不動産、証券などいろいろなものの担保価値が激減しており、もう担保価値は無くなっている。中小企業の殆どは、既に担保を提供して融資を受けているので、そういう状況で新たに担保を要求されても出せない。そうなると何を銀行が要求して来るかというと経営内容である。経営内容というのは数字であり誤魔化しが効かない。ここを突いて来るので、決算内容とどれだけ利益を出しているかが非常に重要視されて来る。これは資金フローを見て来るということであり、経常利益をどれだけ出しているか、償却がどのくらい残っているかである。フロー(余裕)の問題であるので、償却の額が高ければ利益が少なくてもやっていけるという見通しができる。もう一つ、資金フローの問題を要求してくると同時に経営の考え方についてまでも踏み込んで来る。そこで2005計画が非常に重要になって来る。今まではこういう経営感覚を持たなくても何とか経営をして来れた。お客さんの所に顔を出し、一杯飲むことで人間関係が出来、仕事が流れて来たし、今度はこういう設備をしたというと仕事をくれた。しかし、一般経済が低下し、そのようなことでは仕事は流れて来なくなった。この状況下では、融資を受けなければ運転資金が回らなくなる。今後、銀行は経営者の姿勢を非常に重要視して来る。これは、社長の姿勢であり、従業員の姿勢ではない。社長がどういう考えで、どういうことを行おうとしているか、過去にはどういうことを行って来たのか、未来にはどういうビジョンを描いているのかが銀行は重要視して来るのである。

2005計画は財産
 このような時に、時期を同じくして2005計画が出来たということは誠に幸いと思っている。我々はこれをテキストに経営の基盤を作ろうとしていると言って、銀行に2005計画の冊子を見せただけで銀行は信用すると思う。2005計画書は財産である。この計画書を他の業界の人に見せると驚いている。東京では、何処の業界でもこれまでこのような計画書を作ったことがないと言われ、経済産業省、東京都からも要求されるほど価値があり、自分達も学ばさせてほしい、しかもこれをテーマに講演会を開催してほしいと言われる。私も、厚生労働省から招かれて、異業種が30団体で300人位集まった講演会で、2時間の時間を貰い2005計画について講演を行った。その講演会に厚生労働省の担当者や専門学校の校長先生等も招かれており、講演終了後、そういう先生方から労働関係の学校にもの凄く役に立つ勉強であった、この考え方で技術専門校を変えて行けば良いなど、今日は素晴らしいエキスを貰ったと校長先生方から喜ばれた経験をしている。それだけ2005計画の中身は立派なものである。2005計画は一通り読んだだけでは味が出て来ないが、真剣に深く読んでそれを実行に移して行く段階で本当に素晴らしい味が滲んでくる。2005計画の実行と併せて小泉内閣が誕生したことは時宜を得ており、天の冥利に尽きると思っている。小泉内閣が大手術や抜本的な改革を行うということであるが、今度の2005計画も抜本的な改革である。従来あった構造改善事業は、今までの延長線上に積み上げていくものであった。2005計画は今までのものを全部御破算にして白紙にし、そこから自分の経営を見直して立ち上げるということであるので、従来の構造改善とは全く違う。それだけに構造改善事業が無くなって本当に良かったと思っている。今は小泉内閣が誕生して世の中が変わって来る。しかも20世紀から21世紀と世紀も変わった。世紀が変わるという時というのは何かが本当に変わる時であると思う。小泉内閣が誕生したことも世紀が変わって出て来たことと符号が一致する。変化が無ければ人類の進化はあり得ない。100年単位で人類が変わって行くとか、機構が変わるとかによって人類の進化が図られて来るのである。
 現実の問題として、小泉内閣の改革に対して、2005計画を実行したからといって利益が出るかというとそうではない。ではどのようにして2005計画の中身を見ていったら良いかというと、79項目のメニューを提供しているので、自社にとってこれは必要、これは必要でないということを自ら取捨選択することである。

3つの経営イズム
 そこで、今日は小泉内閣が提唱している経済構造改革に我々が伍して行けるというか生き残って行くためには、3つの経営イズムがあるのではないかと常々考えており、そのことの話をしたいと思います。
 日産自動車のCEOになったカルロス・ゴーン氏は見事に日産を再建した。これは参考になると思うので話をしたい。たまたま当社と日産とは取引関係があり真剣になって中身を掘り下げて見ている。大企業でも中小企業でも経営のエキス、真理は同じである。ただ大きいか小さいかの違いであり、日産の再建は我々に通じるものがあると思っている。

スリム化経営
 私は、3つのSということを常々考えている。少し古くなるが、一つはスリム化である。
 バブルが弾けて以来スリム化ということが言われて来た。本当に皆さんはスリム化をしたかというと、したつもりでいるが、実はしていない。トヨタは、乾いた雑巾をさらに絞るという企業であるから1兆円の利益を出す世界ナンバーワンの企業になった。片や日産は身売りをしなければならなくなった。同じレベルで行きながら何故こんなに格差がついてしまったかというとトヨタの経営の中身は凄まじいものがあるからである。そのトヨタの人たちが、印刷会社を見学に来たら、あなた方の仕事は甘ったれているの一言である。何がかと尋ねると、無駄だらけであり、どうして精緻に気持ちを込めて利益が出るようにしないのかというのが何処の印刷会社を見ても一応に返ってくる答えである。それだけ印刷会社は無駄だらけである。しかし、それは止むを得ない面もある。今はデジタル化になって工程が少なくなったが、今までは企画、版下、文字、組版、刷版、印刷、製本と工程が多過ぎた。印刷は複雑系と言われ、工程が多過ぎたため工程がバラバラになって繋がらなくなり、その合間にミスが多くなる。川上でミスがあったらそのまま流れて行き、最終的に刷り直しということになる。確かに工程が多過ぎるということも一つであるが、それにしても真剣にコストダウンをしていないというのがトヨタから見た印刷業界である。トヨタは、看板方式で必要なものだけ持って来る。不必要なものは持ち込まないというように徹底的に無駄を防いでいる。我々は、インキ缶とか紙とか不必要なものを随分置いている。トヨタから言わせるとそれらは置かない。今作る車の材料、機械を持って来て、それ以外のものは持ち込むなということである。世界に看板方式が有名になった反面、悪評も立ったが、経営をもの凄く押し上げるコストダウンのパワーにもなった。スリム化は、業績を伸ばしている企業は皆実行している。デフレスパイラルの現象から抜け出すまではより手を抜いていけない。古い言葉ではあるが、今一度、スリム化ということを見直す時ではないかと思っている。

日産のスリム化
 日産はどういうことを実行したかというと、スリム化の中で5工場を閉鎖した。村山工場という一番大きな工場を閉鎖することは、地域社会にとっては大問題であり、反対もあったが、それを実行しなければ日産は生き残って行けないということでカルロス・ゴーン氏が実行した。次に15万人弱いる社員の数を2万人減らすことを再建期間中実行する。未だ全部を実行したわけではないが、3〜5年かけて実行する日産リバイバルプラン(NRP)という戦略を打ち出した。また、あらゆる仕入、材料においては2割カットをする。したがって、印刷料金も2割ダウンを言って来た。これは他のところも全部2割ダウンされているので当社だけ「NO」というわけにもいかないので、仕方なく受けざるを得ない。しかし、今まででさえスレスレでやっているので2割赤字になることになる。したがって、これからはこちらの問題として2割ダウンをして赤字を出さないことを考えなければならない。そういうことで、カルロス・ゴーン氏は先ずスリム化を打ち出した。

中小企業のスリム化
 中小企業にとってのスリム化とはどういうことかというと、人員を減らすといっても人員はそれほど多くなく、減らす人材はいなく、むしろ増員したいと思うくらいで、人員を減らすことは中小企業では出来ない。しかし、本当に社員が必要かということは考えてみなければならない。パートではどうか、契約社員ではどうか、嘱託社員ではどうかという問いを自分自身に出してみなくてはならない。それが今までは無造作に雇っているので全員が社員である。今頃になって慌ててパートに切り替えたりしているが、経営の本筋として行ってはいない。原点に立ち返って、各ポストにいる人達は本当に社員でならなければならないのか、契約社員では駄目なのか、派遣社員では駄目なのか、パートでは駄目なのかということを経営者が一つ一つ検証して見直すことである。そうすると、そこに自ずから次に人材を入れるときは絶対に社員にはしない。当社の場合はかなり社員が外れ、契約社員とかパートに変わって来た。このような人材整備の考え方もある。

社員教育の間違い
 もう一つは成果を上げて行かなければならないということである。今までのように放置しておくのではなく、社員を徹底的に教育、訓練し直すと社員の価値が倍に上がる。今まで30万円の給料を払っていた人が60万円の価値の人材に生まれ変わる。これは事実である。しかし、やり方が間違っていると変わらない。あんなに社員教育をしているのにうちの社員は一向に業績が上げられないのはどうしてかと経営者は悩んでいるが、それはやり方が間違っているからである。私自身も間違った一人である。社内で教育をしたり、組合のいろいろな研修に出したりしているがさっぱり効果が上がって来ない。そこで私自身、一考をしてみた結論が、それは社員が嫌々ながら行っているからである。社長からの命令でこの訓練を受けて来い、組合のこの研修に参加しろということで渋々行って、ただじっとして聞いて居るだけであるので、帰ってきてレポートを出させても、ろくなレポートが出て来ない。聞いて来たことをビジネスに移しているかというと誰も実行していない。折角、研修を受けて来たことをビジネスに役立たせることを、経営者、幹部が行わないでほったらかしにしていると、聞いたものは知識で、自分がビジネスで実行していることとは全く別のものになってしまう。私はそういうことを経験して秘策を練った。自分の話で恐縮だが、もし参考になればと思い話をする。

社員が望む社員教育
 それは、私の方からは指示をしないので社員の方から、どんな勉強をしたいのか、どんな研修に出たいのかを言って来いということにし、先ず、自分が何を勉強したいのか、何を自分のライフワークにしたいのかということを大きく2つに分けてアンケートを実施した。一つは企画系である。これをやりたい若い人は結構いる。企画の学校やデザイン学校を出たわけではないが企画関係に進みたいという人は多い。もう一つはデジタル系である。企画は嫌だが、技術とか機械をやりたいという人達である。アンケートの結果、企画のグループとデジタルのグループの2つにきれいに分かれた。それで、自分の考えと随分違うことを認識した。これまで、誰にでもデジタルを勉強しろ、特に営業にはこれからのビジネスを進めるにはデジタルを覚えなければお客さんと話もできないので使いものにならないということで、強制的に会社でパソコン教室を開いたり、土曜日に集合教育を実施したりし、パソコンは使えるようになった。しかし、それはただ使えるようになったということで、それをビジネスに活かして行くこととは全く別というか、全く活かしていない。ただ処理業務が出来るようになっただけである。それとお客さんに提案営業が出来ていない。これでは駄目であると反省した。
 アンケートの結果によって、デジタルを勉強したい人は徹底的にデジタルを勉強し、それ以外は一切勉強する必要はない、企画を勉強したい人は徹底的に企画を勉強し、デジタルに類するものは算盤や鉛筆で紙に書いて行いデジタルは一切勉強しなくて良いということで、両方に分けて研修を行ったら、もの凄く変わり、ビジネスに活かされて来た。企画を勉強している人達は黙っていても新規開拓を自分達から行い、面白いくらい仕事を取って来る。慶応大学の例を話すと、慶応大学には何十社という印刷会社が出入りしているが、当社の新人が慶応大学の仕事を丸ごと受注して来た。それは何故かというと、企画を勉強した人は、企画が好きだからのめり込んで行き、のめり込んで行くから慶応大学を狙い撃ちしたら慶応大学のことを徹底的に勉強して、慶応大学に提案した。それは素晴らしい提案であったので、これは行けるということで、今までの印刷物を全部当社に回せということになった。それは、何も経営者が行ったわけでもなく、営業部長でも、課長でもない、新人が実行した。後で、営業部長があいさつに行き、何故、当社に仕事を回してくれたかのかを聞いたところ、企画が素晴らしいの一言であった。
 そうなると、波及効果が出て来て、あれをあの新人が行ったのかということになり、この前などは、米国ナンバーワンの靴の会社が日本上陸をした際の、縦5枚、横8枚の合計40枚のB倍判のポスターを渋谷駅に貼るという仕事では当社の提案が採用され受注に結びつくことになった。電通、博報堂、その他並居る企業が企画提案をした中から、当社の提案した、折角、ポスターを40枚貼るのであればその中の1枚だけに社名広告を入れて、他には社名を入れない別のポスターを貼る提案をし採用されたのであった。この企画提案を行ったのは入社2年目の社員で、ポスターが東横線ホームに貼られた時、その社員に社長見て来てくださいと言われ、見に行ったがそれは本当に圧巻の一言に尽き大変嬉しい思いをしたのであった。

好きこそものの上手なれ
 そのようなことがあったからではないが、それが生きた教育であると思っている。今までの教育は何であったのか、会社の経営は何であったのか、私自信が社長失格であると思い知らされた。本人が何を本気で望んでいるのかを見極め、本人のニーズを引き出し、学ばさせて行かなければならない。お客さんのニーズばかりを言っていて、足元を見ないで、お客さんにばかり目を向けているのは間違いである。お客さんのニーズを全うしようとしたら、それを担当する本人のニーズを全うしなければ、全うできない。好きこそ物の上手なれという言葉があるが、好きなところに打ち込ませなければ駄目である。私は、それを今までは間違っていた。これからはこういう時代だからこれをやれ、あなたはそこに配属されたのだからそれをやれというように全部トップダウンであった。これを行っている以上、渋々、嫌々であり、上司の顔色を見て、報告書だけはそれらしいものが出てくる。しかし、それで終わりであり、本人の喜びは何もない。
 また、希望を何でも言って来いといったら、ある社員が職場を変えてほしいと言って来た。何処に行きたいと聞いたら米国に行かせてほしいとのことであった。あなたは英語を話せないのにアメリカに行くのかと言ったら、給料が下がっても良いからどうしても行きたいということであったので米国にある支社に行かせた。そうして2年後にその人に会ったら何とナンバーワンの営業マンになっていた。その人は企画もやるので、その人が作ったというチラシが送られて来て、そのチラシにその人がレストランのシェフの格好をして皿を持って印刷されていた。この人は当社を辞めてこういうところに就職したのかと思ったら、そうではなく自分がモデルになって入り込んで印刷の注文を取っている。こういうことは、私達の年代ではとてもできないが若い人たちは平気で行う。そういったことは本人が好きであればどんどん入って行ける。嫌いなことは渋々で気持ちが入って行かないので、本人の希望を取りボトムアップをして来た。これが、改革の一番大きな変り目と思う。スリム化ということで人材の少数精鋭化をするべきであると感じている。

シンプル経営
 2番目はシンプルである。これも相当以前から言われている言葉であり、単純と言うことである。複雑にするとするほどコストがかかり、単純にすればするほどコストが下がる。経営からいうと、今までの会社機構は、社長がいて、副社長がいて、取締役がいて、部長がいて、課長がいて、係長がいてという具合であり、これを下から印鑑を押して行くということになると一つのことを決めるのに何日もかかることになる。大企業病というのはそこから来ている。決断が遅くなり、決断もコストになるのに加え、報告や指示がどこかで曲がってしまう恐れがある。そのようなことで経営が真直ぐ進まないで遅滞してしまう。したがって、シンプルはコストが軽くなる。そこでカルロス・ゴーン氏は何を行ったかというと、(1)資材購入費の20%削減、(2)1年で赤字から黒字にすることを公言しての収益回復、(3)日産リバイバルプラン期間中に借入金を半減する、の3つの公約をした。もし、この3項目が実現出来なければ経営陣は総退陣をする。社員はこの3項目を行わなければ配置転換をする。また、この3項目を行って成績を上げた人には、それに対する賞与、報酬、昇進などをどんどん賦課するというように分かりやすくシンプルにした。したがって15万人いる社員にも浸透した。今までの日産も相当いろいろなことを行ってきたが、分からなかったのが実態である。経営をセクションにしてバラバラで行っているから、何処を中心に行っているのかが分からなくなる複雑系になっていた。経営者というのは指示を出す時はシンプルでなければいけない。複雑に出すなら出さない方が良い。

念仏にならない経営理念
 そのことについても私は失敗をした。私は、当社の方針として、3つの経営理念と5つの経営方針と3つの行動指針を出したら、米国から帰って来た息子から、こんなものは全員が朝礼で唱えるだけで誰も実行しないので、こんなものやめてしまえと言われた。考えてみると、11ある項目を全部頭に入れるだけでも大変であるのに、それを実行に移すなどはとても人間技では出来ないので、成る程と思った。そうしたらお前ならどうすると問い質したら、1つにするという答えであった。1つは淋し過ぎるからせめて3つ位にしてはと言ったら、今、プレシーズは業績が悪い。悪い時は1つで良い。業績が良くなったら2つでも3つにでもしようということであった。そうしたら何にしたら良いということで、「徹底営業、徹底営業支援」にした。今まであった額に入れた立派なものを全部会社の中から取り去り、ただ紙に「徹底営業、徹底営業支援」と書いただけのものにした。営業マンは徹底営業をする。徹底営業というのは、お客さんのニーズを聞いて徹底的に応えることである。現場の方は営業支援をしてお客さんに届くくらいニーズに応えて行こうというようにベクトルを一本に揃えた。そうすると非常に社員の気持ちが集合して来た。また、それに対して成績を上げた人にインセンティブを与える制度を設けた。当社は、ここまで来れば賞与はどうなるというように自分でインセンティブを計算できるシステムにしているので、総務が計算を間違えるとクレームがつくこともある。「徹底営業、徹底営業支援」を出したからには、その裏づけを出して上げなければならない。カルロス・ゴーン氏も3つの公約を成し遂げた人には、賞与、昇給、昇格をきちんとし、それ以外のことを行った人は、賞与、昇給、昇格は関係ないとした。

価格破壊の根源は同質化経営
 今まではお客さんのニーズによっていろいろなことをやらされてきた。お客さんからはこれもやれ、あれもやれと言われ、同業者を見たらこれもやっている、あの機械を入れたといったら慌てて自社にも入れるという横並び視線で真似をして来た。したがって、同質化経営で皆同じことを行っていた。皆で同じことをやっているから結局は価格破壊しかなくなる。お客さんは同じことを行っているのであれば、一番安いところは何処だということしか求めないので価格破壊になる。こういうことでは経営は上手く行かなくなるので重点的に実行することである。シンプルとは捨てることである。要らない複雑系は破棄するということである。そして何が一番大事かということを徹底的に絞り込んでいくことがシンプルである。これからは重点経営、コアビジネスと言われるように自分のところの強みは何かを見極め、強みをコアにしてそこに資本、人、ノウハウを注入して膨らませて行くと経営は強くなる。それが2005計画の要、核心となっているところである。したがって、私は2005計画は企業戦略であると言っている。先ず企業戦略を考えなければならない。企業戦略を考えないで経営計画を立ててはいけない。自社は何のビジネスに特化して行くのかの企業戦略を考え、それに対する経営計画であり、漫然と経営計画を立てたら自分の経営資源をバラしてしまうことになり弱体化して弱い経営になる。小さい企業でも特色のある強みを持つことが2005計画である。お互いが特色を持ち寄って、お客さんにも仲間にも提供する。その裏側には弱みも出来るので、強みはパートナーが持っているので、逆にそれは提供してもらうということが共創ネットワークである。シンプルということは重点的強みを作ることである。

スピード経営
 3番目はスピードである。これは言うまでもなく世の中はもの凄いスピードで動いているので、これについて行かなければならない。これをカルロス・ゴーン氏は猛烈な勢いで実行し、
2000年3月期は6800億円の赤字であったが、2001年3月期には3300億円の黒字にした。トータルして1兆円以上の改善を行ったわけである。勿論、資産や株式の売却も行ったが、経営計画を立て、経営の内容を変えて、これらをもの凄いスピードで実行し、1年でこの改革を成し遂げた。同じ考え方でもスピードを持って実行しなければ時代遅れになってしまう。ゼネラルエレクトリック(GE)は、スピード経営を行ったことで世界でも有名な会社である。GEは、10年程前は社員が40万人で200億ドル位の売上げであったが、社員を20万人に削減し、売上げを4倍にした。死に体であったGEが世界の大手になったのはジョン・ウェルチ会長の行ったスピード経営である。マイクロソフトのビル・ゲイツ氏もスピード志向経営の本を出しているとおり、猛烈なスピード経営を行い一代で世界を制覇した。ビル・ゲイツ氏は、過去50年の内容はこれから10年かかってもまだ余りあるぐらいこれからの10年の方が豊富になると言っている。経営の中身、ソフト、ノウハウはこの10年間で猛烈に変わって来る。それに経営者はスピードをもって対応して行かなければ乗り遅れるということを言っている。本田宗一郎氏もスピード経営で世界のホンダに押し上げた。ホンダはスピード狂でF1にも出ていたが、これからは公害の問題ということが分かり社内体制を公害にシフトし、低公害車を作ることを提唱した。昭和45年に米国でマスキー法が制定され、10年以内にマスキー法をクリアしなければそれ以降は米国で自動車を売れないということになった。ところが米国の3大メーカーをはじめトヨタも10年では出来ないとクレームを出した。しかし、ホンダはたった1年で完成し、米国に持ち込んでテストを受け合格した。それには世界中が驚いた。これによって、オートバイ部門では先駆的会社であったが、自動車部門では後発の中小企業であったホンダが一挙に世界のトップに踊り出た。今はGMと提携し有名なCVCCエンジンを作り発展をしている。現在、日本の自動車業界で本邦企業はトヨタとホンダだけである。他は皆、外資系に身売りをしている。

21世紀の企業経営
 カルロス・ゴーン氏は、今言った3つのことを実行し、日産を改革し再建を成し遂げた。
 大企業と中小企業とは違うが、経営のエキス、ノウハウという中身の深いものは同じであるので、スリム化ということを見直し、シンプルにして重点的に経営資本を投下して、スピードをもって経営を行ったら、小泉内閣の機構改革が来ようと不況の問題があろうと、それらは大した問題ではないと自信を持つことである。そういう意味でも2005計画は成し遂げるためのメニュー、材料をふんだんに提供しているので、自社は何を選択し取り上げて行くのか、何を捨てていくのかを見極めることが必要である。拾うことより捨てることの方が先である。そして拾うものを5項目位に絞って実行して行くと冠たる企業になると確信している。それを皆に広げていこうということである。今日参会の皆さんにもそういうことに思いをいたしてもらい各地に帰られたら、グループを作り、最初は雑談から入り、会話をし、コミュニケーションを重ねていく中で、自分のアイディア、意見、考え、希望などを出して行ってほしい。これからの経営はそういう中から作り上げていくものであって、今までのようにコンサルタントが来てあなたの企業を指導するということではない。これは手本がなく、自分で作り上げるより方法がない。そのための2005計画であるので、それを充分に感じ取って推進して行ってもらいたい。

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